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なぜイカなのか

●頭足類は生物学的に非常にユニークです。人間と同程度の視力を有する高性能の眼と小型哺乳類程度に発達した巨大な脳や、色を瞬時に変えることのできる皮膚をもっており、全身に様々な模様や色を表現できます。これらの特徴を駆使し、多数の腕を用いることで水中カメラの操作を覚えて写真を撮影したり、仲間の動きを見るだけで課題を解く方法を学習したりするなど、非常に賢いふるまいを示します。近年は、これまでの生物学、神経生理学、動物行動学や水産学などにとどまらず、新たな神経手術モデルの開発を意図した医学分野、優れた人工知能ロボットの開発を意図した工学分野、さらに、哲学、人文科学分野や芸術学分野まで非常に広範な規模に拡大しつつある動物です。また、頭足類は、アニメやゲームを始めとする様々なキャラクターや公園の遊具など、文化的に非常に馴染み深い動物でもあり、様々な形で生活の中に浸透しています。その中には、函館市のイカール星人のようにご当地キャラクターとして地域内外で広く認知されているものもあり、釣り業界においては、イカ釣りは1千億円規模の市場を有することから、頭足類はレジャー対象としても人気の高い動物でもあります。このように資源的、文化的、経済的および学術的に価値の高い動物にも関わらず、頭足類の生態は未だ謎に包まれた部分が多く、その解明が待たれています。

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水産資源としてのイカ!

イカは学術的に希有な存在である一方、沖縄県で漁獲されるソデイカやアオリイカを始め、呼子のケンサキイカ、函館のスルメイカなど、水産資源としての重要な動物でもあります。しかし、水産の領域でも、漁獲に直接的に関わる対象種の生活史、繁殖生態、分布範囲や回遊ルートなどの情報は乏しく、これら基礎情報解明への漁業者のニーズは高いといえます。しかし、日本におけるイカの年間漁獲高は年々衰退傾向にあり、1980年代ピーク時の約20分の1程度になっています。その一方、世界のイカ市場は過去5年で3000億円市場が拡大し現在8兆円を超えています。このことから、自然資源での供給では、世界、並びの日本のイカ需要が賄い切れていないことが分かります。この打開策として、競合不在市場である養殖イカの将来的需要が望まれていると同時に、養殖イカの生産数が拡大することで、自然資源の保護と回復を促す効果も期待されています。

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イカ養殖技術の開発とその展望

●頭足類の養殖は困難とされてきたが、現在ではマダコ、コウイカ、ダンゴイカ等30種以上の頭足類でライフサイクルを閉じることに成功しており養殖の可能性に期待がもたれています。また、1980年代頃から良質のタンパク質を短期間で生産する頭足類が海産資源として注目されてきましたが、頭足類の商業利用を目的とした水産養殖にはいまだにどの種も至っていないのが現状です。特に、頭足類の中での一番漁獲高が高く商業的需要が高いツツイカ目の養殖技術の開発は難航してきました。これには、孵化サイズの小ささ、初期資料の同定の難しさ、共食い、壁面に対する認知不足など様々な問題を克服することが難しかったからです。

 

アオリイカSepioteuthis lessoniana Ferussac in Lesson, 1830, は、ツツイカ目 Teuthida,閉眼亜目 Myopsida,ジンドウイカ科 Loliginidae に属し,外套長 300 mm,体重 3 kg に達するイカである(奥谷  1984)。本種はインド洋,ハワイ、地中海、紅海および太平洋西部の沿岸域に広く分布しており、日本では本州北部津軽海峡から沖縄、小笠原まで生息している(Okutani  1973、2016)。現在、アオリイカには、種複合体3種(sp.1, sp,2 sp3)が確認しれており、生息域、水深、産卵基質、色素胞の配列に形態上の差異があり、塩基配列の違いも同時に確認されている(Iizuka et al 1994)。沖縄県では、伝統漁業者「海人」によりこの3種(アカイカ、シロイカ、クワイカ)が古くから区別されており、味と大きさに違いがあるとされ市場価格に反映されている。

 

アオリイカはサンゴ礁などの沿岸の浅海に生息し、産卵場所が比較的に浅い50cm〜20mの産卵基質に付着沈性卵産を産むことで、卵隗のサンプリングと輸送が容易であることや、孵化個体が比較的に大きく(ML8mm)初期飼料の同定が可能であったことからツツイカ目で特質して養殖研究が進んでいる。日本においては、幼生の飼育実験(Oshima1961)から始まり、80年代には種苗生産技術等の開発が日本栽培漁業協会五島事業所にて盛んに行われ養殖技術の基盤を確立した。(日本栽培漁業協会 1983, 1984, 1986, 1989)その後、神経生理学の研究のために、タイ産のアオリイカのライフサイクルを閉じることに成功し日本でも2008年にライフサイクルをクルーズした(Lee 1994; Lee et al. 1994; Ikeda et al. 2008)。それからも日本とタイを中心に様々な養殖技術の研究が行われてきたが、商業化への大量生産には至っていない(Hatanaka and Ikeda 2008, 2009, Akiyama et al 1997, Kiguchi et al 2019)。

 

日本における頭足類は、日本食文化の中心的海産物としての認知度は高いが、それだけでなく、人間と同程度の視力を有する高性能の眼と小型哺乳類程度に発達した巨大な脳をもつ。また、色を瞬時に変えることのできる皮膚をもっており、全身に様々な模様や色を表出できる。また、視覚学習能力や優れた記憶力などを有し問題解決能力が高い。このように資源的、文化的、経済的および学術的に価値の高い動物にも関わらず、頭足類の生態は未だ謎に包まれた部分が多い。

 

沖縄科学技術大学院大学ミラーユニットでは2016年から現在までのシロイカ型アオリイカを含む10種類以上の頭足類(ワモンダコ、アオリイカ3種、ヒメイカ2種、ヒメダンゴイカ、コブシメ、トラフコウイカ等)の飼育実験を行なってきた。本ユニットは「物理生物学ユニット」と称し動物行動の数理モデル制作研究することを目標としており、その研究対象とし行動、特にカモフラージュ等の体色変化が豊富かつ複雑である頭足類をモデル動物として設定し、その行動、神経生理、遺伝子を中心に研究を続けている。本研究開始にともない、各種の養殖技術開発に着手した。現在ではシロイカ型アオリイカ、クワイカ型アオリイカに特化し飼育を続けている。

 

2017年8月に開始したアオリイカの養殖は2022年8月で累代飼育10世代を達成し終了した。これにより、それまでの日本記録の3世代(Ikeda et al. 2008)と世界記録7世代(Lee et al 1994)を大幅に更新することに成功した。この成功により、これまで困難とされてきたツツイカの商業的養殖に若干の可能性が見えてきた。今後も課題は、養殖システムを完成させるだけではなく、より持続可能な形での大量生産・マーケティング・流通の総合システムも開発が必要になる。また、養殖技術としては、人口飼料の開発、特に孵化個体用の人口飼料が必要であるとともに、大量生産による感染症対策も必至である

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養殖イカのメリット

●養殖は、地球温暖化などによる海洋環境に影響されにくいことから、従来の漁業の持つギャンブル性を取り除き、より安定した食糧の共有を可能とします。特に、完全閉鎖循環による陸上養殖が完成すると、生産のオトノミーはさらに向上することが期待され、現在、荒地であるような砂漠地帯での食糧の生産も大きく期待されています。閉鎖循環で作られる養殖イカは、アニキサスのような寄生虫が混入しにくく食の安全と製品管理がしやすいだけでなく、将来的には、品種改良やクリスパー技術により、より生産性が高く安全なイカを作る可能性を秘めています。イカはマグロやブリなどの魚類ちがい、3ヶ月で出荷サイズまで育てることが可能であることも、魅力の一つである。これからの養殖技術の進歩が望まれています。

●沖縄には多くの種類のイカがいる!

 日本近海に生息するイカ類150種のうち、沖縄近海には、3分の2にあたる100種が生息しています。この中には、世界最大のダイオウイカ(体長20m)から世界最小のヒメイカ(体長1cm)まで含まれており、沿岸性の種から深海性の種までほぼ全ての分類群を網羅しています。これらの事実は、沖縄県が豊かなサンゴ礁の海洋環境を有する証拠であるとともに、生物多様性の宝庫である熱帯域と黒潮を介して直接的につながる島嶼環境という好立地条件によるものです。水産漁業における現状では、漁獲対象種と一緒に混獲される対象以外の種は、美味にもかかわらず市場価値がないとの理由のみで廃棄されているなど課題も多くあります。沖縄近海に多くの頭足類種が生息していることは、今後、新たな漁獲対象種の開拓も期待できるといえるでしょう。

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